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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)9号 判決

原告

更生会社日本自動車株式会社管財人

岡田錫渕

右訴訟代理人

鈴木竹雄

〈外五名〉

被告

日本電建株式会社

右代表者

上原秀作

右訴訟代理人

石川秀敏

〈外三名〉

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一請求原因1ないし3の各事実並びに抗弁1のうち、原告と被告との間で昭和四五年一二月二一日本件和解契約が締結された事実、同2のうち、右和解契約において同2の(一)及び(二)の合意がされた事実、同3のうち、右和解契約において同2の(一)及び(二)のほか同3の(3)の合意がされた事実、以上の各事実は当事者間に争いがない。

二右の争いのない各事実と、〈証拠〉を総合すれば次の諸事実が認められ、〈る。〉

1  被告は、更生会社に対し、その手形決済資金として、昭和四三年四月二日に二五〇〇万円、更に同月二五日に五〇〇〇万円をそれぞれ貸渡すとともに、右賃金債権を担保するために、更生会社より本件土地建物につき被告を権利者とする抵当権設定登記(別紙目録(b)欄の(ハ)、(ヘ))及び被告所有名義の所有権移転請求権仮登記(同目録同欄の(ロ)、(ホ))をそれぞれ経由した。

2  しかるに、更生会社は、同月末ころになつて更に資金繰りの必要を生じたので、被告に対し本件土地建物の売却を申込み、その結果同年五月一日被告との間で右土地につき次の約定の下に原売買契約を締結した。

(一)  売買代金は六億円とし、内金五〇〇〇万円は契約締結時に、一億円は同年五月二日にそれぞれ支払い、七五〇〇万円については、前記貸金債権と対当額において相殺し、残金三億七五〇〇万円については、被告においてこれを限度に右土地建物の抵当権者らに対する更生会社の債務を引受け、その求債権と対当額において相殺する。

(二)  更生会社は、契約締結と同時に被告に対し、右土地につき所有権移転登記手続をする。

(三)  更生会社は、同年六月三〇日までに右建物より退去し、更に占有代理人を退去させたうえ、同年八月三一日までに右建物を収去して右土地を被告に引渡す。

3  被告は、原売買契約締結の日に更生会社より本件土地の所有権移転登記手続に必要な委任状、印鑑証明書及び保証書作成依頼書(右土地の権利証がなかつたため)の交付を受け、後日被告所有名義の所有権移転登記(別紙目録(b)欄の(イ))を経由した。

4  更生会社は、同年五月二日、原売買契約に基づいて同日受領すべき一億円をもつてしても資金繰りの窮状を打開するには不十分なことが判明したので、被告から右一億円を受領することをひとまず辞退するとともに、支払いを停止した。

5  右の支払停止に伴い、更生会社の従業員あるいは債権者等が本件建物を占拠し、原売買契約の約定どおりに右建物を収去することが不能になる事態も予想されたため、更生会社と被告は、右同日原売買契約の一部を変更して、右建物の収去期限を同年六月三〇日に繰上げ、更生会社において右期限を徒過した場合は一日につき一〇〇万円の割合による損害金を支払う旨合意し、同時に更生会社は被告に対し右建物を無償譲渡した。そして、被告は、右建物の無償譲渡を受けたのに伴い、同年六月二〇日大森簡易裁判所に即決和解の申立てをして右建物の明渡しにつき債務名義を取得し、右債務名義に基づき強制執行をして右建物を占有するに至つた。

6  なお、被告は、更生会社より本件建物の無償譲渡を受けた後、右建物につき被告所有名義の所有権移転登記(別紙目録(b)欄の(二))を経由した。

7  更生会社は、前記のとおり同年五月二日に支払停止した後、東京地方裁判所に対し会社更生手続開始の申立てをし(同庁昭和四三年(ミ)第一二号)、同地方裁判所は、同年九月一八日午後五時更生会社に対し、会社更生手続開始決定をするとともに、管財人において更生会社所有の不動産を処分するについては裁判所の許可を受けるべきものとした。

8  被告が前記のような経過をもつて本件土地建物につき所有権移転登記を経由し、更に右建物を占有するに至つたのに対し、更生債権者らは、被告が自己の債権のみの優先的回収を図るために不当に右土地建物を取得したとの見解をいだき、管財人に就任した原告に対し、右土地建物を再び更生会社の所有とすべきことを強く要求した。そして、原告もその法律顧問である弁護士らと検討の結果、原売買契約は否認すべきものとの結論を出した。

9  そこで、原告は、被告に対し、原売買契約は否認されるべきである旨主張して原売買契約の合意解除を申入れたところ、被告は、本件土地建物の売買代金六億円は時価相当額(更生会社側で会社更生手続開始決定の直後に行なつた鑑定では五億九〇〇万円であつた。)であり、原売買契約否認の主張に対しては正面から争うとし、ただ右土地建物を是非とも所有したいので被告との間で再売買になるなら合意解除に応じてもよい旨の意思を示した。

10  そこで、原告は、昭和四三年三月ころより被告代理人である石川秀敏弁護士との間で原売買契約の合意解除及び再売買をめぐつて交渉するに至つたが、管財人としての職責上、できるだけ本件土地建物を高価に処分したいとの見地から、売買代金は原告の選定する二人以上の鑑定人に鑑定させ、右鑑定人らの鑑定価格の平均値の一割増しとし、しかも右により算出された価格よりも五〇〇〇万円高い価格での購入希望者がある場合は、被告に再譲渡することができない旨の方針を有していた。

11  しかし、原告は、被告代理人石川秀敏弁護士と交渉を重ねた結果、最終回の債権調査期日である昭和四五年一月三一日ころには、同弁護士に対し、原売買契約を合意解除のうえは必らず被告との間で再売買する旨を約したので、被告は、急遽、従来原売買契約存続を前提として届出ていた被告の更生債権(本件建物の収去を遅滞した場合の一日一〇〇万円の割合による損害賠償請求債権―更生会社と被告との間で昭和四三年五月二日になされた原売買契約一部変更の合意に基づく―等)を取下げ、新たに前記の貸金債権を更生債権として届出、右貸金債権担保のため本件土地建物上に有する抵当権及び所有権移転請求権を放棄した。

12  原告と被告代理人石川秀敏弁護士との間では、再売買の点では合意ができたものの、売買代金決定の基礎となる鑑定人の選定方法についてはなかなか話合いがつかず、原告は、公正かつ機動的に更生手続を遂行するためにも自己において鑑定人を選定することに固執し、これに対し同弁護士は、原告において勝手に信用性のない鑑定人を選定する可能性に対し強い疑念を表明して、原告と被告が双方合意のうえ鑑定人を選定すべき旨を主張した。

13  その後、原告と被告代理人石川秀敏弁護士は従来の交渉の結果を一旦文書にまとめてみることにしたが、鑑定人の選定方法に関する表現については何回にもわたる交渉にもかかわらずまとまらず、やがて同弁護士が日本不動産研究所に鑑定させることを提案したのに対し、原告も更生会社の財産評価のために右に鑑定させていたこともあつてこれに賛成し、原告と被告との間で最終的な合意ができる直前に原告より提出された乙第一九号証の案文上には、「鑑定人は日本不動産研究所、信託会社、保険会社、一流不動産会社のような信用度の高い者とし」の文言が記載されるに至つた。これに対し、同弁護士は、信託銀行を鑑定人とするのは構わないが、保険会社や不動産会社は困るので削除すべき旨を主張した。

14  右のような経緯をたどり、原告と被告との間で昭和四五年一二月二一日最終的な合意ができて本件和解契約が締結されたが、その記載内容は概ね次のとおりである。

(一)  原売買契約は合意解除する。

(二)  原売買契約に基づき更生会社が受領した売買代金内金五〇〇〇万円は共益債権として、原告は更生担保権者に対する最終支払期日までに被告にこれを支払う。

(三)  原告は、更生会社の更生計画が認可された日から二年以内に次の約定の下に本件土地建物を被告に売渡す。

(1) 更生会社の更生計画が認可された後、二人以上の鑑定人の鑑定に付し、その各鑑定価格の平均値に一〇パーセント相当額を加算した合計額をもつて売買価額とすること、鑑定人は日本不動産研究所、信託会社等のような信用度の高い者とする。

(2) 右売買代金のうち五〇〇〇万円については前記(二)の共益債権と対当額で相殺し、残額は原告の請求後三〇日以内に支払う。

(3) 被告が右残額の支払いを遅滞したときは、売買契約は催告を要せずして当然に解除されるものとする。

(四)  被告は、前記(三)により原告と被告との間に売買契約が成立するまでは、右土地建物上に被告が有する各登記の抹消登記手続及び右建物の明渡しを留保することができる。

(五)  右留保の期間中、右土地建物に賦課される公租公課等は被告の負担とし、原告は被告に対し右建物の使用料を請求しない。

15  被告代理人石川秀敏弁護士らは、本件和解契約締結の席上口頭で原告に対し、速やかに鑑定手続にはいるよう申入れ、原告も一応これを了承したが、原告は、被告の再三にわたる要求にもかかわらず、これに応ぜず、ようやく昭和四七年九月ころになつて日生土地株式会社に、同年一〇月ころに長銀不動産株式会社にそれぞれ本件土地建物の鑑定をさせ、その鑑定価格の平均値の一割増しとして一九億一八〇〇万四六四三円の売買代金を算出し、被告に右売買代金で右土地建物を売渡すことの許可を東京地方裁判所から得て、同年一一月一三日文書で直接被告に対し右売買代金より五〇〇〇万円を控除した一八億六八〇〇万四六四三円を支払うよう請求した。

三1 右認定の諸事実によれば、本件和解契約においてなされた原売買契約の合意解除は、被告において終局的には本件土地建物の所有権を確保することを前提としているというべきであるが、右和解契約において直ちに原告と被告との間に右土地建物につき改めて売買契約が成立したとすることはできず、売買予約が成立したにすぎないというべきである。けだし、前記のとおり、更生会社に対し会社更生手続開始決定をした東京地方裁判所は、管財人である原告において更生会社所有の不動産を処分するについては同地方裁判所の許可を受けるべきものとしたから、会社更生法五五条によりその場合に裁判所の許可を受けない行為は無効とされる関係上、右和解契約により直ちに売買契約が成立するとするのは相当でないし、また、右和解契約締結の際に原告と被告との間でとりかわされた甲第一号証の和解契約書の前記認定の文書上からもそのようにいえるからである。

2 このように、本件和解契約によつては売買予約が成立したにすぎないが、右予約完結権をもし被告が有するとすれば、不動産処分についての裁判所の許可と関係なくその行使がなされる結果、一時的にせよ無効の売買契約が成立する余地があるので、やはり、右予約完結権は原告が有するというべきであり、ただ、前記判示のとおり、右和解契約は、被告において終局的には本件土地建物の所有権を確保することを前提としているから、原告は必らず右予約完結権を行使せねばならぬ義務(しかも、原告は、二年以内に右予約完結権を行使せねばならぬが、そのことは、更生会社の更生計画が本件和解契約成立後二年以内位で認可されることが予想されたことと関連を有しているのであつて、絶対的な期間制限とはいえない。)を負担したものとするのが相当である。

3  原告は、前記認定のとおり、日生土地株式会社と長銀不動産株式会社にそれぞれ本件土地建物の鑑定をさせ、被告が支払うべき売買代金の残金は一八億六八〇〇万四六四三円としたうえ、昭和四七年一一月一三日文書で直後被告に対し右金額の支払いを請求したものであるから、そのことが本件和解契約の条項にいう予約完結権の行使として有効か否かを以下に判断することにする。

(一)  まず鑑定人の選定方法につき考察するに、原告と被告との間では昭和四五年一月三一日ころには既に原売買契約の合意解除と本件土地建物の再売買については実質的な合意ができたにもかかわらず、売買代金決定の基礎となるべき鑑定人の選定方法をめぐりなおも交渉が重ねられ、ようやく同年一二月二一日になつて原告と被告との間でとりかわされた甲第一号証の本件和解契約書に「鑑定人は日本不動産研究所、信託会社等のような信用度の高い者とする」との文言が記載されるに至つた前記認定の経緯よりすれば、日本不動産研究所は、原告において選定すべき鑑定人の単なる例示ではなく、原告と被告が必らず鑑定させねばならぬと合意した鑑定人であるとするのが相当である。

従つて、前記判示のとおり原告が日本不動産研究所には本件土地建物の鑑定をさせずに売買代金を決定したことは、本件和解契約における原告と被告との間の合意に反するものである。

(二)  ところで、一般的にいつて、不動産評価については考慮さるべき要素が種々あるため、鑑定人によつて鑑定価格に差ができることは避けられないものと考えられ、現に、〈証拠〉によれば、日生土地株式会社は本件建物の昭和四七年八月三一日現在の価格を一八億六四五八万二一七〇円と鑑定した事実が、〈証拠〉によれば、長銀不動産株式会社は右土地建物の右日時における価格を一六億二二六九万九〇〇〇円と鑑定した事実が、〈証拠〉よれば、日本不動産研究所は右土地建物の同年一一月二七日の現在の価格を一〇億三〇〇〇万円と鑑定した事実が、更に、〈証拠〉によれば、東洋信託銀行株式会社は右土地建物の同月三〇日現在の価格を九億七七二一万七四三〇円と鑑定した事実がそれぞれ認められるのであつて、ほぼ同時期における同一物件についての鑑定にもかかわらず、鑑定人によりその鑑定価格に相当の差があることが認められるのである。してみれば、鑑定人として誰を選定すべきかは、売買契約の当事者にとつて重大な利害のある問題といえるから、原告が本件和解契約における合意に反して、日生土地株式会社及び長銀不動産株式会社や右土地建物の価格を鑑定させ、その鑑定価格の平均値の一割増しである。一九億一八〇〇万四六四三円より五〇〇〇万円を控除した一八億六八〇〇万四六四三円の支払いを請求してみても、それは右和解契約の条項にいう予約完結権の行使として適法有効なものといえない。

4  従つて、本件土地建物についての売買契約はいまだ原告と被告との間には成立しておらず、被告は右土地建物の所有権を取得していないことになる。しかし、原告と被告は、本件和解契約において右売買契約が成立するまでの間、被告が右土地建物についての別紙目録(b)欄の各登記の抹消登記手続及び右建物の明渡しを留保することができる旨合意したこと前示のとおりであるから、被告は結局、右の合意に基づいて右各登記の抹消登記手続及び右建物の明渡しを拒むことができるといわねばならない。

付言するに、原告は、なお、当裁判所がすでに認定した鑑定方法についての合意に基づいて本件土地建物を鑑定したうえ適法有効に予約完結権を行使する義務を負つているものと解される。

四以上によれば、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないので、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(柏原允 小倉顕 向井千杉)

目録《省略》

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